ハイスペの兄が「好きだから離婚したい」と言った理由

ハイスペの兄が「好きだから離婚したい」と言った理由
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「結婚ってそんなに幸せなものなんですかねぇ」

ある日の編集会議のこと。気づけば条件反射のように、自分の口からこんな言葉が飛び出していた。唯一の既婚者である先輩社員が困ったようにこちらを見る。ごめんなさい。

ああ、もうやってられない。9月から「ねぇ、先輩。結婚って幸せですか?」という特集を立ち上げた。半年前、結婚するもんだと疑わず長年付き合ってきた彼氏にこっぴどくフラれた私。ぶっちゃけ、こんな企画で傷をえぐられたくないんですけど。

どうせ幸せって結論を出したいんでしょ? ラブラブな夫婦に取材するなんてまっぴらごめんだ。あいにく今はそんな気分じゃない。

結婚が幸せかどうか。やさぐれた私は、少しの反抗心とともに最高のサンプルを思い出す。一番近くにいたじゃないか。

離婚協議真っ只中の、私の兄が。

■完璧な兄が「離婚する」と言い出した日

「父さんと母さんには内緒だよ? 俺、多分離婚すると思う」

兄とこんな秘密を共有したのはin丸の内の鉄板焼き屋。久しぶりに兄妹水入らずのランチを楽しんでいたときのことだった。お金に困っていないらしい兄は、高そうなオメガの時計を光らせて、これまた高そうな肉をいくつか注文しながら、しれっとこんな告白をした。

妹の私が言うのもなんだけど、兄はそこそこのハイスペックだ。地元の国立大医学部にストレートで合格して、最短ルートで医者になった。30歳にして年収はうん千万あるそうで、最近じゃ誰が住むのってくらい大きな豪邸を築いたところ。持ち物やファッションにも抜かりがなく、愛車はやんちゃなJeep。いい意味で医者らしくない人だと思う。

――そんな5歳上の兄は、つねに私の正解だった。

真似をすればだいたい失敗しないから。勉強も、遊びも、恋愛も。私から見た兄の人生は完璧だった。

兄と同じ地元の進学校へ行かねばならない、付き合う相手は兄のように賢い男性じゃないとダメ。自慢の息子を医者に育てあげた母親は、口うるさく私に言い続けた。「お兄ちゃんみたいな生き方をするのよ」と。

こんなありがたくない環境のおかげか、私は男勝りで気の強い性格に育ってしまった。男性に頼ることは苦手だし、天然なフリをするのも好きじゃない。男性ウケはいまいちだけど、平均以上の生活を送るには悪くない生き方だとも思う。でも、10年前。私の前に兄を超える「大正解の存在」があらわれた。

そう、何を隠そう兄嫁だ。

■「兄みたいな生き方」がはたして正しいのか

「はじめまして、ミキっていいます。これからよろしくね」

兄が彼女をはじめて実家に連れてきた日のことをよく覚えている。手入れの行き届いたロングの髪に、線の細い体。柔らかな香りをまとうその人は、妹の私ににっこり微笑みかけた。読者モデルをやっているらしい。どおりでキレイなわけだ。

女らしさの塊であるミキさんは兄のことを上手に立て、これまた上手に転がすプロだった。「全部わかったうえで一歩引いてやってるのよ」という余裕っぷり。何より衝撃的だったのは、ミキさんにデレデレと鼻の下を伸ばす兄の顔だ。ホテルの高級ディナーもブランド物のバッグも。彼女が望むものは全部といっていいほどプレゼントしていた。

「お兄ちゃんみたいな生き方をする」んじゃなくて、「お兄ちゃんみたいな人を捕まえる」べきなのかもしれない。私のなかにあった母の教えが、いつしかミキさんの模倣にすり替わる。私は人生の目標を「ハイスペックな男性と結婚すること」に変えた。

■専業主婦の妻を「心配だ」という夫の本音

時は戻ってin丸の内の鉄板焼き屋。驚きの告白を受けた私は、食べている高級料理の味がわからなくなっていた。

「え、離婚!? あんなにラブラブだったのに?」

「そう騒ぐなって。まだ正式に決まったわけじゃないよ。この前ミキにも話を切り出したけど、納得してもらえなくてヒステリーを起こしてた。でも、どうしても別れたいって思ったら、俺も後戻りできなくなっちゃったんだよ」

「なんで急に? お兄ちゃんは、人生に『バツがつくこと』を許せない人間じゃん。離婚なんて絶対選択しないタイプだと思ってた」

「俺だって、離婚は許されないことのような気がしてた。でも、30歳になってから、その体裁は本当に守るべきものなんだろうかって思うようになってさ。まわりの目を気にして、みんながあこがれる夫婦、夫であることに固執していたのかも。それに、ミキのことを『キレイな奥さんだね』って同僚から褒められるたび、自尊心が高まっていく感覚に酔ってた。でも今は、離婚が人生の失敗だとは思えない」

それは、完璧主義の兄に似つかわしくない言葉。でも、本気で言っている。目の前の肉を頬張りながら、感情を無にして淡々と話す兄の身にいったい何があったというのだろう。

「心境の変化が唐突すぎない? 全然状況が理解できないよ。もしかして、何か離婚しようと思った出来事があったの?」

「……うん。ちなみに、女関係とかじゃないからな」

「え、むしろ理由ってそれ以外にあるの?」

兄は遠い目をしながら、手元にあったビールをぐいっと飲み干す。正直に言う。このあと打ち明けてくれた話の意味が、私にはあまり理解できなかった。

「ある日、仕事から疲れて帰ったら家が真っ暗でさ。ミキに何かあったのかもって慌ててリビングへ駆け込んだんだよ。そこで、ミキは何してたと思う?」

「なんだろ? 気になる」

「ボロボロの部屋着にノーメイク姿でソファに寝そべってた。で、4Kのデカいテレビ画面を占領して、はじめしゃちょーのYouTubeをぼーっと見てるんだよ。ああ、もう俺たちは無理だって思った瞬間だった」

「何それ、家でくつろいじゃダメなの? 専業主婦だって休みがほしいよ」

そう、いまのミキさんは専業主婦だ。そして、それを許容しているのは兄自身。家でちょっとぐうたらしたからといって、「もう無理だ」はあんまりだと思う。でも、兄が言いたいことの真意はどうやらちがうらしい。

「そんなことで嫌いにならないし、夫婦が素の姿を見せ合うのは当たり前のことだろ。俺は一日働いてきたのに、妻は家でだらだらしててムカつく、悔しいってことでもない。そうじゃなくて、その光景を目にした瞬間、突然彼女のことが心配になったんだよ。こんな生活、楽しいの? この人の人生、これでいいの? って

そして、兄は超絶意味不明なひと言を付け足した。

「俺はミキのことが好きだから、離婚したいと思ったのかもしれない」

■役割を与えられない夫、役割を探さない妻

このままだと兄が変人だと誤解されかねないので、話を補足しておこうと思う。付き合って7年、結婚して3年の兄夫婦には子どもがいない。というか、兄の事情でできなかった。それについては何度も話し合って、最後は2人だけで生きていく結論を出したという。

でも、ここでアンバランスが生まれてしまった。

「好きなのに離婚したいって、すごく矛盾してる」

「俺は愛する人に家庭での役割を与えてあげられなくなっちゃったから。今はいろんな夫婦の形があるけれど、俺たち2人は夫が外で働いて、妻は専業主婦として家を守る、というあり方を選択した。でも、子どもが生まれにくいという現実に直面したとき、ミキは何をしたらいいかわからなくなってた。専業主婦願望の強い彼女だから、なおさらね」

「夫婦はお互いの足りない部分を補完しあうから成り立つ。家庭を守って、子どもを育てることを選択したかったミキさんは、突然その役割を失っちゃったんだね」

「最低だけど、本心を言うね。俺自身、役割を持たないミキを魅力的だと思えなくなってさ。子どもを持たない選択をしたなら、夫婦2人でお互い新たな役割や生き方を見つけていくべきだろ? でも、ミキが選んだのは家でYouTubeを見る生活だった」

「じゃあ、お兄ちゃんはミキさんにどうしてほしかったの?」

「自分にとってすごく都合のいい話をしてるとは思うけど、たとえば女医と結婚していたら二馬力で働いて、ものすごく贅沢な生活ができたかもしれない。たまたまお金を例にしたけど、もちろんそうじゃなくてもいい。ミキが『俺にはできない何か』をしていて、ずっと刺激になる存在だったらよかった」

「お兄ちゃんが『ミキさんを好き』っていう事実だけじゃダメなわけ?」

「一緒にいるメリットがないと夫婦は続かないと思うよ。10年も経てばその気持ちは形を変えていくし、そもそも『情熱的な好き』は一生続かないからね。好きっていう感情だけの繋がりなら、付き合ってるだけでいいんじゃん? あえて結婚という契約を結ぶなら、好きのほかにも一緒にいる理由が必要なんだ。お互いが対等で、ひとりでいるより2人がいいよねって思えないと、結婚は意味がない。夫がこんなふうに感じてしまう結婚生活、ミキにとっても不幸だろ?」

この話をした一週間後、兄は6,000万円かけて建てた“愛の巣”を飛び出した。

>後編(10月27日公開予定)に続く

(取材・文:マイナビウーマン編集部、イラスト:いとうひでみ)

Source: マイナビウーマン